さくら草雑学
亘 高一 作成
富山房刊、「大言海」によると桜草は「櫻花ニ似テイル」ことからサクラソウの名称になったとある。
【さくらそう】
- サクラソウ科の多年草。各地の山野の低湿地に生える。高さ約20センチ。全体に軟毛を密布。根茎は紅色を帯び地中をはってひげ根を下ろす。葉は長柄をもち根もとからむらがって生える。葉身は長さ約10センチの卵状長楕円形で縁は浅く切れ込み、裂片にはさらに鋸歯がある。春、葉間から高さ20センチメートル内外の花茎を立て、頂に淡紅色の花を数個つける。花冠の基部は細長い筒状で、先は五裂して平開し、茎は2〜3センチとなり、各裂片は浅くニ裂する。園芸品種が多く、花は白、紫、桃紫、絞りなどがある。にほんさくらそう。[季語・春]
- 富本節の家の定紋。転じて、富本節の総称。 【小学館:国語大辞典】
【桜草科】
双子葉植物の一科。世界に20属千余種あり、広く世界に分布。この仲間の多くは園芸栽培上の価値があり、日本原産のものばかりでなく外国産のものもプリムラとして多く観賞用に栽培される。 【小学館:国語大辞典】
【プリムラ】
サクラソウ科サクラソウ属の学名でこの属に含まれる植物の総称。また園芸上は日本サクラソウのみをさすことがある。世界中に約300種あり、美しい花をつけるものが多く、よく栽培される。プリムローズ。おとめざくら。 【小学館:国語大辞典】
英語のprimula(プリムラ・さくら草)は中世ラテン語primula veris(「春の最初の花」の意味)が変形して1753年に英語に取り入れた。別の形で、primrose(プリムローズ・さくら草)も英語であるが、primroseを文字どおりに訳すと、primeは「最初の」で、roseは「バラの花」である。しかし、このroseは「バラ」ではない。primroseは中世英語のprimerole「初めての児」の変形であるからバラの花とは何の関係もない。
【ギリシャ神話】
英語のプリムローズはギリシャ神話で花の女神、フローラ[この名が花の語源]の息子の名前、パラリソスから。パラリソスは美青年で、恋人の妖精、メリセルタに失恋したためにすっかりやつれ、ついには死んでしまった。母のフローラは、そんなわが子を不憫に思って、春一番に咲くさくら草の花の姿に変えたと言われている。
【ドイツの伝説】
リスベスはやさしい少女、昔々ドイツの片田舎に病気の母と暮らしていた。母をなぐさめようと、野原にサクラソウを摘みに出かけた日のこと。花の妖精があらわれた。リスベスに不思議なことを教えてくれた。「サクラソウの咲いている道を行くとお城があるわ。門の鍵穴にサクラソウをさしこむと、扉が開きます。さあ、お行きなさい!」リスベスがお城に行くと…そこには花の妖精が待っていてくれた。たくさんの美しい宝物をリスベスにプレゼントしてくれた。リスベスは母にこの宝物を見せた。母はほほに赤みがさして、病気も治った。ドイツではこの花を「鍵の花」と呼んでいる。これはサクラソウが春を迎える鍵という隠喩である。
英 語 primula(プリムラ)またはprimrose(プリムローズ) ドイツ語 Schlusselblume(シュリュッセルブルーメ) フランス語 primevere(プリムヴェール) イタリヤ語 primula(プリムラ) スペイン語 primula(プリームラ) ラテン語 Primula veris(プリュームラ ヴェーリス) ギリシャ語 πριμουλα(プリムラ) ロシア語 цримула(プリームゥラ) 中国語 櫻草(インツァオ)
サクラソウは魔女や妖精の害を防ぐ役を果たすといわれている土地もあり、古くイギリスでは復活祭の協会の装飾にサクラソウが使われ、スッコトランドではその日にサクラソウを丁寧に球形に束ね、その真ん中に6弁の白いアネモネを挿した花束を作る習慣がある。
マン島では5月1日の前夜に、この花の小さな束を家や牛小屋の戸口に置く習わしがある。
イギリスでは、この花の部分を煎じて飲むと不眠症にかからないとか、きこりが山で傷をしたとき、即座にこの草をあてがうと、そのあと手当ては不要だという話もある。
A.小さな切り傷をつけたとき、この花をあてがうともう手当ては不要。きれいに治ってしまう。
B.サクラソウを煎じて飲むと、不眠症にかからない。
C.花びらを乾燥させて、お茶として5日目に飲む。精神病が治る。
D.記憶喪失にきく。
E.脳を活発にする。
どれひとつとっても、人間に有益な植物といえる。ところが、アメリカから有毒だという報告が。温室のサクラソウが悪いガスを発散して、顔や手に発疹ができたという。ただし、サクラソウが中風の妙薬と言われるのは、中風(=paralysis)と先に述べた伝説の青年 pralisos の発音の類似から思いついた推定にすぎない。
【サクラソウにちなむ人(1)】
イギリスでは、4月19日はPrimrose Day(サクラソウの日)、Benjamin Disraeli(Earl of Beaconsfield)が亡くなった日。この日、保守党の人々はサクラソウをつけて、ロンドンの国会議事堂のDisraeliの像やHughendenにある彼の墓がファンの手でサクラソウや月桂樹の葉やツタなどで飾られる。ロンドンなどでは、この日、街でサクラソウの造花を売ったりする。エリザベス女王も毎年、サクラソウの大きな花輪を墓所に贈られる。ただし、Disraeliの公的、私的生活でこの花が重大な役割を占めたという証明はないし、彼自身好きだったという話もない。The Pall Mall Gazetteという新聞はこの謎をつぎのように説明している。「Lord Beaconsfieldが埋葬されたとき、ビクトリア女王はサクラソウの花輪を贈られ、カードに“彼の最愛の花”(=His favorite flower)と書かれた。女王は夫君アルベルトのことを指していたのだが、これが誤解されたのである」と。しかし、1883年にはDisraeliを追慕してその保守主義の継承のためPrimrose League(サクラソウ連盟)という政治団体が結成された。
【サクラソウにちなむ人(2)】
浄瑠璃の一流派、富本節は江戸で、常磐津節から分かれて富本豊前掾(1716、享保元年生れ)が創始した。この創始者は桜草を愛好し、桜草を家の定紋とした。転じて「さくらそう」と言えば富本節のことを指すまで有名になった。
日本 イギリス 1月 松 まつゆきそう 2月 梅 サクラソウ 3月 桃 すみれ 4月 桜 ひなぎく 5月 あやめ さんざし 6月 ぼたん すいかずら 7月 朝顔 すいれん 8月 ハス 赤ゲシ 9月 秋の七草 朝顔 10月 菊 ホップ 11月 かえで 菊 12月 椿 ひいらぎ
イギリス ペテロの草 スエーデン 最初のバラ ドイツ 鍵の花 イタリア 春の最初の花
青春のはじまりと悲しみ、つまり「早熟と非哀」(=early youth and sadness):これは咲く時期が早春で、咲く期間が極めて短いことから。
【俳句】
まのあたり天降りし蝶や桜草 芝 不器男 汚れたる風雨のあとの桜草 深川 正一郎 アルプスの雪痕窓に桜草 山口 青邨 咲きみちて庭盛り上がる桜草 山口 青邨 目離せば消ぬべき雲やさくら草 千代田 葛彦 夜の部屋に日向の色の桜草 片山 由美子 調律師来てゐる窓の桜草 仁科 歌子 葡萄酒の色にさきけり桜草 永井 荷風 我が国は草も桜を咲かせけり 小林 一茶
【川柳】
桜草きみはまだ見ぬ雲がある 神谷 三八朗 桜草陽は燦々とくるくると 川上 三太郎 桜草掴めば掴めそうな風 川上 三太郎 姉の手にうなだれてよし桜草 山本 磯駒 さくら草女神の裾の触れしとこ 西島 ○丸(レイガン) わが胸に春がくるくるさくら草 松尾 文代 知り初めた恋恥じらうか桜草 船本 ヒデ子 あなたもですか私も好きな桜草 松田 京美
【英詩】
英文学にうたわれている桜草はイギリスの山野に自生している花で、その色も佳人を連想させるらしく、はかない花とされがちである。シェイクスピアもミルトンも“pale primrose”と呼んでいるが、“pale”の一語には古来の哀史と青春の悲劇が言い尽くされているとみなければならない。
シェイクスピアの「冬物語」に出てくるサクラソウは嫁入りしないで死んでしまう処女の悲劇を表現している。
咲き始めるのは早春。それもまだ冬に近いころ。虫もあらわれず、実も結ばないところからこのような連想が生れた。
Pale primroses
That die unmarried ere they can behold
Bold phoebus in his strength.
--Shakespeare:The Winter's Tale,
C.B.122-124色青ざめた桜草
朝日の盛んな
姿も見ず少女のまま死んでゆく
(シェイクスピア作「冬の夜ばなし」
四幕、三場122〜124)
桜草は日陰の花で、木の根もとや岸辺などに淋しく咲く。だから「桜草の花咲く道」とは、かくれた逸楽の道である。これもシェイクスピアに初めて見えて、その後の人によく用いられ熟語となっている。
But, good my brother,
Do not, as some ungracious pators do,
Show me the steep and thorny way to heaven,
Whiles, like a puff'd and reckless libertine,
Himself the primrose path of dalliance treads,
And recks not his own rede.
--Shakespeare:Hamlet,T.B.46-51でも兄上さま、
罰当たりの神父さまのように、
私には天国への険しい茨の道
を示しながら、ご自身は身を
もちくずした放蕩者のように、
歓楽の花咲く道を歩いて、ご
自身の教えを忘れてしまうな
んてことないかしら。
(シェイクスピア作「ハムレ
ット」一幕、三場46〜51)
But this place is too cold tor hell.
I'll devil-porter it no further.
I ha thought to have let in some of all
professions that go the primrose way to
th' everlasting bonfire.
--Shakespeare:Macbeth,U.B.18-22しかし、地獄にしちゃ、ここは寒すぎるな。
もう地獄の門番役は止めにしておこう。
歓楽の花咲く道を通ってくる手合いを、あら
ゆる職業から何人かずつ永遠の劫火のなかに
案内してやるつもりだったんだがなあ。
(シェイクスピア作「マクベス」
U.B.18-22)
英詩には桜草をうたった詩は多く、ダン作「桜草」、テニソン作「小川」、ホワイト作「早咲きの桜草」、ヘマンズ夫人作「桜草」、ヘッリク作「桜草」、ホウイット作「黄色い桜草」、ラングホン作「夕暮れの桜草」、デヴィズ作「桜草」、W.C.ウイリアムズ作「桜草」など枚挙にいとまがない。またD.H.ローレンスには「桜草の咲く道」という短編小説がある。
【随筆の桜草】
イギリス南部の小村で自然と人生をM.R.ミットフォードは「我が村」に、3月6日サクラソウを探し歩いてようやく一房の初サクラソウを見いだした喜びを綴っている。
…there is a primrose, the first of the
year; a tuft of primroses, springing in
yonder sheltered nook, from the mossy
roots of an old willow…Oh, how beautiful
they fully blown, and two bursting bud!…サクラソウが咲いている、今年の初花である、サクラソウが一房、向こうの日影に、ヤナギの老木の苔むした根もとに生えている…ああ、美しい花、三輪はすっかり咲き、二輪はつぼみ。
【桜草(primrose-time)が示す比喩】
「桜草の花どき」は寒い冬と初緑の春との間にはさまるその季節の感じを美しく表した言葉である。イギリスのいなかではよく村のできごとなどのついて、「あの娘はサクラソウの花どきに嫁に行った」というぐあいにこの表現を使うことがある。オックスフォード大英語辞典(OED)は比喩的に用いられた「青春の初め」の意味だけを示している。
I will prank myself with flowers the prime;
And then I'll spend away my primrose-time.
--Dodsley,ix.231わたしは春の花で身を飾りましょう、そして
わたしの若い青春を過ごしましょう。
primroseは語源的に一年の「最初の花」の意味である。また、「春いちばんに咲く花」とか、チョーサーの「カンタベリー物語」に出てくる粉屋の妻がそうだったように、「primalorola(若々しくて)」、「見るだけで人を幸せにする」という言葉からきているからだ。
さらに、初恋の象徴でもあって、思わぬところで目立たず育まれるけれど、「風が吹いただけで、たちまちしぼんでしまう」のだ。ジョン・ラスキンはサクラソウを、葉叢の陰から恐るおそる世間を覗いている、生れたばかりの黄色い子鴨にたとえている。
【サクラソウ科】
Primulaceae 双子葉植物、合弁花類。一年草ないし多年草。葉は単葉で全緑または鋸歯があり、互生、対生または輪生し、群生することが多い。花は葉腋に単生、多くは総状花序、散形花序をつくり、両性で一般に放射相称であるが、まれに左右相称のものもある。萼は筒状となる。細い筒があり、先は五(まれに四)裂し、裂片は広く開くが、深裂するもの(ヤナギトラノオ属、ツマトリソウ属)、裂片が反曲するもの(シクラメン属)がある。雄しべは花冠裂片と同数で花筒に合着し、裂片と対の位置にある。子房は上位まれに中位、一室で独立中央胎座に多くの胚珠がつく。果実はさく果。世界の温帯から寒帯に分布し、28属800種ほどある。日本にはオカトラノオ属、サクラソウ属、ルリハコベ属、ハイハマボッス属など10種37種ある。サクラソウやシクラメンなど、よく栽培され、多くの園芸品種がつくられている。
【サクラソウ】
[学名]Primula siebol dii Mirr.
サクラソウ科の多年草。地中浅くに根茎があり、よく繁殖して群生する。葉は数枚根生し、長楕円形で縁に切れ込みあり、柔毛を密生し、葉柄は長い。4〜5月、20センチほどの花茎を出し、先端から車軸状に紅紫色の花を数個開く。花は五弁、径約2センチ、花弁の先端に切れ込みがあり、基部は筒状となる。萼は五裂する。雄しべ5本、雌しべは1本。雄しべの位置と雌しべの花柱の長さの関係により、長花柱花、短花柱花の違いがあり、これは株によって決まっており、サクラソウの仲間に共通の特徴として知られている。
四国、沖縄を除く各地の高原、原野に自生し、朝鮮半島から中国東北部、シベリアにも分布する。花弁の形や花色に異変が出やすく、選抜された園芸品種が多数ある。サクラに似た花形からサクラソウの名がある。ニホンサクラソウとよぶこともあるが、日本だけにあるのではなく大陸にも分布するので、この呼び名は適切ではない。
サクラソウ属はヒマラヤを中心にした北半球の高知や寒地に約550種分布し、日本には十数種が自生する。中部地方から東北地方の高山の雪田にはハクサンコザクラ(ナンキンコザクラ)、ヒナザクラ、ユキワリソウ、オオサクラソウが、北海道にはエゾコザクラ、ユキワリコザクラなどいずれも高山生の小形種が多く、関東地方中部以西にはカッコウソウ(関東・四国地方)、イワザクラ(中部地方)、コイワザクラ(中部・関東地方)など山地生の中形種が多い。山地の渓流に多いクリンソウ(本州・四国地方)はもっとも大形で、花穂は数層も段咲きとなる。
毎年秋または春に株分けし、用土を取り替え、新根を張らせるようにする。用土は腐葉土を混ぜた培養土を用いる。暑さと乾燥に弱く、ことに高山生の種は、日よけと灌水に注意して夏越しさせる。
【文化史】
サクラソウは万葉集・平安の書物には顔を出さない。その栽培は江戸時代に盛んになり、後期に多数の品種が出現するが、前・中期にはまだ少ない。日本最古の園芸書「花壇網目」(1681年)には、「花薄色、白、黄あり」と二つの色変わりをあげるが、黄色とあるのはクリンソウと思われる。江戸の園芸が花開いた元禄時代(1688年〜1704年)でも、貝原益軒の「花譜」(1694年)に紫と白、紅黄色の三品種、伊藤三之丞の「花壇地錦抄」(1695年)に紫と白のニ品種しかみられず、続く「地錦抄付録」(1733年)で八品種とナンキンコザクラが図示された。江戸でサクラソウが流行するのは安永年間(1772年〜1781年)以降で、「嬉遊笑覧」(1830年)に「安永七、八年さくら草のめずらしきが流行り、檀家の贈り物として数百種を植え作る」とある。1804年(文化1)からは花の美しさを競う花闘が始められた。また、幕末には「桜草百品図」(行方水谿)が出る。
サクラソウの自生地である埼玉県浦和市(現さいたま市)の田島ヶ原は、1952年(昭和27年)に特別天然記念物に指定された。
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